主婦が考える三号年金|主婦は”ただのり”しているわけではない

07 主婦が0から学ぶ政治経済

「働いていないのに将来年金をもらえるなんてずるい」
専業主婦なら、一度はSNSで目にしたことがある言葉だ。

昭和の時代、夫が稼ぎ、妻が家庭を支える──
そんな家族モデルを前提に作られた3号年金制度
しかし、共働きが当たり前になった現代では、この制度が「主婦のただのり」と批判されるようになった。

制度の見直しが議論され始めた途端、SNSでは主婦に向けた厳しい言葉が飛び交い、主婦としては意図せず心をすり減らす日々だ。

今回は、絶賛主婦真っ只中の私が、
3号年金制度は果たして主婦の”ただのり”制度なのか。
制度の深掘りから紐解いてみたいと思う。

3号年金とは?どんな制度?

まずはとにもかくにも、制度を正確に理解しなければ始まらない。
3号年金とは「第3号被保険者」のことの指し、

  • 第2号被保険者(会社員・公務員)に扶養されている配偶者
  • 年収130万円未満(かつ配偶者の年収の1/2未満)
  • 20~60歳

この条件を満たす人たちが、保険料の自己負担なしで年金加入扱いになる制度である。
3号の保険料は、会社員や公務員(第2号)の保険料の中に含まれている

ここで重要なのは、
3号に該当するかどうかは「働いているかどうか」ではなく「扶養に入っているかどうか」で決まる
という点。

つまり、3号年金廃止論の影響を受けるのは、専業主婦だけではなく、扶養内パートの人も含まれる

制度が生まれた背景は”救済”

3号年金は、専業主婦を優遇するための制度ではない。
制度が作られた1986年当時は、夫が働き、妻が家を支えるという”一馬力世帯”が多数派だった。
しかしこのモデルでは、離婚や死別で妻が”無年金”になるケースが大量発生していた。

そこで、「会社員や公務員全体で、一馬力世帯の妻の将来の年金を確保していこう」という救済制度が導入された。
これが3号年金制度である。

つまり3号は、「無年金者をなくすための制度」であって、「主婦優遇制度」ではない。

働く夫×主婦が多数だった時代はこの制度が「救済」として機能していたが、共働き世帯が多数となった現代では、「働いていないのに年金をもらえる=ただのり」という誤解が生まれやすくなっている。

実際にただのりなのか?年金額の仕組みを見てみる

結論から言うと、 3号は“ただのり”ではない。

その理由は、将来もらえる年金額の仕組みを理解すると見えてくる。

1号(国民年金)|最低限の年金

1号被保険者は、

  • 自営業
  • フリーランス
  • 扶養から外れたパート
  • 無職で扶養に入っていない人

などが該当する。
彼らは 国民年金を全額自分で払う
しかし、将来もらえるのは 基礎年金(約6.8万円)だけ

つまり、最低限の年金である。

2号(厚生年金)|給料に比例して積みあがる

2号被保険者は会社員・公務員。

  • 保険料は会社と折半
  • 基礎年金+給料に比例した厚生年金が積み上がる

そのため、将来の年金額は 厚生年金の方が圧倒的に多い。

3号(扶養内の配偶者)|基礎年金のみ

3号被保険者はというと、保険料を自己負担することはないが、その代わり将来もらえる年金額は基礎年金のみの最低限である。

将来もらえる年金額は、厚生年金が圧倒的

こうしてみてみると、将来もらえる年金額は、厚生年金が圧倒的に多い。

共働き(2号×2号)  → 夫婦で 20〜28万円
一馬力(2号×3号)  → 夫婦で 18〜20万円

共働き世帯の方が将来の年金額が圧倒的に多いのである。
しかも、数字で見ると4,400万人いるとされる2号被保険者で、約800万人の3号被保険者を支えるため、会社員一人当たりの3号負担額は月数百円~数千円という”薄い負担”にとどまるよう設計されている。

それでも3号年金が「ただのり」と言われるのは、

  • 「自己負担がない」というワードが独り歩きしていること
  • 全額自己負担している1号との不公平感
  • 3号が「主婦優遇制度」という誤解

こういった問題が複雑に絡んでいるように思われる。

制度の問題と感情の問題の混同

3号年金をめぐる不公平感は、制度の問題感情の問題が複雑に絡み合っていると感じる。
制度としての不公平感は、1号との比較で語られるべきものだ。

近年増加しているフリーランスや、第一次産業に従事している労働者は、必ずしも会社勤めの形式をとらないため、国民年金(1号)に加入せざるを得ない人もいる。
全額自己負担しているのに、将来受け取れるのは最低ライン。
しかも1号の配偶者には、3号のような負担軽減制度はない。

制度が作られた当時とは、働き方も家族の形も大きく変わっている。
1号が全額負担している以上、将来の年金額が最低ラインを超える仕組みや、子育て中の1号にも無年金にならない制度が必要だろう。

制度のズレが“誤解”を生む

ここで確認したいのは、3号被保険者に該当するのは専業主婦だけではない、という点だ。
夫の扶養内で働くパート労働者も含まれる。

それでも「主婦が得している」と見えてしまうのは、制度の仕組みが十分に理解されていないからだ。
パートや主婦が自分で保険料を払うことになれば、世帯全体で見たときにマイナスが大きくなる可能性もある。
妻が扶養内にいることで夫には税控除があるのだから、夫も恩恵を受けている。

3号が将来受け取れるのは基礎年金のみで、厚生年金のような積み上がりはない。
この事実を踏まえれば、「主婦だけ優遇されている」という理解は正確ではない。

不満の背景にある「現役世代のしんどさ」

では、なぜ“ただのり”に見えるのか。
その背景には、制度そのものよりも、現役世代が抱える別のしんどさがある。

自分が働いて稼いだお金が、働いていない主婦のために使われているように見える構造。
手取りが増えない、家事育児の負担が偏っている──
こうした現役世代の不満が、3号制度への怒りと混ざり合ってしまう。
そして主婦は、どうしても叩きやすい対象になりやすい。

しかし、主婦を責めても問題は解決しない。
手取りが増えて生活が楽になれば、そもそもこの不満は生まれないのではないか。
私はそう感じている。

本当に必要なのは制度のアップデート

3号年金には「救済制度」としての側面がある。
主婦はただのりしているわけではない。
家庭を支え、生活の基盤を整えるという“見えない労働”を担っている。

夫が仕事に集中できるのも、子どもが安心して育つのも、家庭が機能しているからだ。
その基盤を支えている人に対して 「年金が欲しいなら外で働いて」 というのは、やはり少し乱暴だ。

もちろん「働きたくないから主婦になりたい」という人もいるだろう。
しかしそれは、そういう働き手を選んだ結果であり、“怠けている”という単純な話ではない。

むしろ主婦に全力投球している人ほど、家事育児と両立できる働き方を模索している。
子どもが学校に行っている間に働いたり、在宅ワークを探したりするのはそのためだ。

ただし、3号年金制度が時代に合わなくなっている部分があるのも事実だ。
だからこそ必要なのは「完全廃止」ではなく、現代に合わせたアップデートだ。

そのアップデートによって、1号との不公平感が解消され、主婦が「今は家庭を支えています」と胸を張って言える社会になってほしい。

3号年金制度がこれからどう変わっていくのか。
その行方を、これからも見守っていきたい。

おまけ|働きながら子育てがムリゲーという視点

3号年金制度が、即廃止に向けて動いているわけではない。
厚生年金の加入要件や、配偶者控除など、様々な関係制度との兼ね合いで、段階的に縮小・廃止の方向で議論が進められているというところだ。

ここで視点を少し変えてみたい。
昭和の時代、夫が稼ぎ、妻が家庭を支えるという役割分担は、美談としては「信頼関係の表れ」だった。
(「俺が稼ぐから、家のことは任せたぞ」というあれ。)

しかしよく考えれば、
“仕事に専念するなら家事育児まではできない”という、人間の活動限界の表れ
でもあったのではないだろうか。

それでも社会は長い間、家庭を支える労働を“労働ではない”と扱ってきた。
その結果、夫婦の社会的な存在意義に格差が生まれ、女性は対等な認知を求めて社会進出を進めてきたのである。

しかしその過程で、当たり前だが女性には出産・育児によるキャリア断絶が生まれる。
さらには家事育児に加えて、経済活動まで女性に求められるようになった。
その負荷の増大が、少子化をさらに加速させている。

キャリアを築いた女性ほど、「子育ては罰ゲーム」 と感じてしまうのは無理もない。

そう。
子育てと仕事を“両方フルパワーで”こなすこと自体が、そもそも無理なのだ

保育機関を増やせば解決する問題ではない。
人間の体力は無限ではない。
仕事を全力でこなした後に、家庭を回す体力が残っているはずがない。

必要なのは、 仕事をしたうえで、家庭を回すための労働力そのもの である。

この視点は、主婦の存在意義とも深く関わっている。
だからこそ、ここは別の記事でさらに深掘りしたい。

とにかく、家庭を支える人を労働力として外に出したいなら、
その家庭にしわ寄せが来ない働き方を整えるのが先ではないか。

夫婦がフルパワーで働くということ。
そこに子育てを挟む余裕が本当にあるのか。

3号年金の縮小・廃止を議論する中で、この視点がどれほど考慮されているのか──
私は強い疑問を抱いている。

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