【エッセイ】匂いの記憶|家族を選別する頭皮の匂い

10 コラム・エッセイ

匂いの記憶は、何よりも強烈だと思う。


あの日、あの時、あの場所で。
そんなイメージの記憶は、正直昨日の晩御飯を思い出すのが限界だ。

でも匂いは?

「これはあの匂い」
「懐かしい匂い」
「こんな匂い」

そんな記憶が鮮明なことが多いように思う。


私の実家では、職業柄おがくずをよく使用していた。
なんの木がおがくずになっているのかは分からないが、あの木くずの匂い、ヒノキのような香りは、私にとって心を落ち着ける香りだ。
ホームセンターの資材コーナーに行くと、いつも懐かしい気持ちになる。
今となっては物凄くハイリスクなので、絶対に選択しないが、ログハウスにずっと憧れがあるのは、木の匂いが好きだから、なのかもしれない(?)


ちょっとロマンチックな話もしてみたい。
引っ越しのときに、夫が若かりし頃に愛用していた香水が出てきたことがあった。
シュッとつけてみたわけでもないのに、
その香水本体の匂い、夫とデートした記憶、まだ付き合いたてでソワソワしていた気持ち…。

そんな瑞々しい記憶まで思い起こされて、その記憶ごと捨てるような気持ちになってしまって、処分するのを躊躇した。
結局なんとなく捨てられずに、その香水は新居でタンスの肥やしになっている。

……いや、容赦なく捨てたような気もしてくるが、とにかくどうしたかは覚えていない。
(今度探してみようとは思うけど、なくてもその匂いは思い出せる。)


時が経ち、子どもが産まれると、「赤ちゃんの匂い」が懐かしくなることもある。
無臭のようで、そうではない「赤ちゃんの匂い」。
悲しいかな、その匂いを感じられる期間はごくわずかで、成長とともに洗濯洗剤やシャンプーの匂いで上書きされてしまうため、子どもたちが赤ちゃんに戻ってくれないと、あの匂いは思い出せないのが現実だ。

代わりに、子どもたちの頭皮の匂いは、記憶に刻まれている。
長女と次女で、同じシャンプーを使っているのに頭皮の匂いが違うのだ。

ちなみに我が家で唯一の男性である夫の頭皮は、私たち女3人に比べると非常に男臭い。
かくいう私も、年齢とともに自分で自分の頭皮の匂いが不快になることもある。
年は取りたくないものである。


とにかく、なぜこんな匂いの話をしているかというと、最近庭に生えてきた美女なでしこという花が、爛々と咲いている。
種を植えて、忘れた頃にわさわさと生えてきた。
想像以上に背丈があり、実はちょっと邪魔なので、今回限りで抜根する予定の花だ。
綺麗に咲いている花をただ咲かせて抜根するのもなんだか可哀想なので、切り花として家のなかに飾っている。
しかしこれが想像以上にいい匂いなのだ。

花の匂いで言えば、ラベンダーや桜の花の匂いは、記憶に刻まれているように思う。
ともすると、やはり印象的な匂いや、強い匂いはより色濃く記憶が残るのだろう。
(山岡家の匂いを思い出せる人は多いと思う。)

子どもたちの赤ちゃんの匂いより、夫の香水の匂いが記憶に残っているのは、香水の匂いのほうが強いからなのだろう。


子どもたちが「きれいだね」「いい匂いだね」と言っているこの美女なでしこの匂いは、おそらく来年には覚えていない。

だけど自分が年老いて、目の前の人が誰なのか分からなくなってしまった時に、子どもたちの頭皮の匂いを嗅いだら、
「これは長女の匂いだ」
「これは次女の匂いだ」
と、目の前の我が子たちを思い出すことができるかもしれない。

それならば夫に関しては、同じように年老いてしまっても、香水の匂いを嗅げば、若い頃のハンサムな夫を召喚することができるのかもしれない。


何かこの文章に、狙いや思いがあったわけではない。
最近夫と「エッセイを書けるような文才が欲しいよね」という話をしていて、エッセイというものに興味が湧いて、「私なら何を書くだろう」と考えてみた。

その時に、目に飛び込んできたのは花瓶に生けている美女なでしこで、匂いを嗅いだらとてもいい匂いだったので、匂いの話を書いてみたのだ。

花で、こんなにも想像を膨らませられることを褒めてほしい。
まあそんなわけで、初めてのエッセイなるものを書いてみたわけだが、今日は子どもたちの頭皮の匂いをひっそりと嗅ごうと思った。

あとがき|コラムとエッセイは書きやすい笑

以前紅白歌合戦についてバッチバチにコラム記事を書いたことがあったのだけれど、その時AIに、
「あなたはコラム7:エッセイ3が一番相性がいいよ」
ということを言われた。

ここまでブログやってきたのに…?(゚Д゚;)
と思わないでもなかったけれど、自分でも、思うまま書く方が性に合っている自覚がある。

ブログはどうしても「論理的な順序」や「章立て」が重要になるのだが、私はそこが非常に苦手だ。
そもそもAIが提示してくる箇条書きが嫌いだ笑
なんで箇条書きにしないといけないんだ、と思いながらいつも抵抗している笑

結局のところ、
ブログは事実ベースの発信
エッセイは内面の吐露
コラムは評論
というように、それぞれの文章の役割が違うと、個人的には思う。
その役割を最大限引き出そうとすると、文体から変わってしまうわけなのだけれど。

実はしょーちゃんも、エッセイの方が文章の魅力が伝わると、私は思っている。
彼が自分のエッセイをここでも披露してくれるかはまだわからないのだが、いつか読んでみたいと、最初のファン(予定)としては思っている。

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