2011年3月11日、そして2018年9月6日。
これは、私が東日本大震災と、北海道胆振東部地震を経験した日です。
東日本大震災では、停電や物流の停止による二次被害を受け、実家の一次産業が大きな打撃を受けました。
胆振東部地震では、生後1か月半の長女と共に、震度5強の揺れとブラックアウトを経験しました。
どちらの震災も、私の中では衝撃的な記憶として、恐怖と共に深く刻まれています。
最近また地震が続いていて、胸の奥がざわつく日が増えました。
揺れを感じるたびに、この二つの記憶が静かに蘇り、防災について見直すきっかけにもなっています。
ということで今回は、私のこの二度の被災体験を綴っていこうと思います。
二次被害や、赤ちゃんと被災するという現実は、普段から意識していないと備えにつながらない――
そのことを痛感した体験でもあります。
この記事が、皆さんの防災について考えるきっかけになれば幸いです。
東日本大震災|帰省中に経験した“二次被害の被災”
2011年3月11日。
この日私は東北の実家に帰省中でした。
大学に通うため、単身北海道に移住していたのですが、すごく久しぶりに実家に帰省した時でした。
私の実家は、東北の日本海側に位置しています。
海からはある程度距離があり、山のふもとに近いため、津波のリスクはあまり高くありません。
しかし豪雪地帯のため、3月11日は、まだ雪が積もっていて、寒い季節でした。
両親は不在、家で猫と留守番していた時
当時両親は買い出しに出かけていて、実家には、私と当時飼っていた猫がいて、穏やかな時間を過ごしていました。
地震が始まり、少し様子を見ていたのですが、揺れ方が尋常ではなかったので、急いで猫を抱えて外に出ました。
(実家は当時もかなり古かったので、倒壊の危機を感じる揺れ方でした。)
地面が波打つ、まさに大地の揺れ
外に出ると、そこには衝撃的な光景が。
地面がまるで波打っているように見え、大地そのものが揺れているのを目の当たりにしました。
木々も地面に連動するようにぐらんぐらんと揺れていて、カラスや鳥がせわしなく飛び、当時飼っていた犬も興奮してものすごく吠えていました。
今まで見たことがない光景で、「なにかとんでもないことが起きている」そんな感覚を覚えました。
停電し、実家の一次産業は大打撃
私の実家は酪農業を営んでいて、電力は必須。
地震が起きて停電すると、仕事で使う機械を動かすことができない状況になりました。
家では暖房が使えないので、その夜は車中泊をしましたが、車のテレビに映った津波の映像を見て、両親と私は言葉を失っていた記憶があります。
次の日の朝から、なんとか手作業で仕事を進めますが、機械に追いつくはずもなく。
鮮度を確保したり、殺菌作業をすることができないので、生産したものはその場で廃棄処分となりました。
こんなに一生懸命手を動かしているのに、すべて捨てなければならない。
その事実がどうしようもやるせなくて、一刻も早く電力が復旧されることを願うしかありませんでした。
物流の停止が追い打ちをかける
日本の災害復旧作業の速さは、本当に世界的に見ても驚愕的なスピードです。
この時の地震でも、1日半ほどで電力が復旧。
あの電気がぱちぱちとついてきたときの、安堵感は、なんとも言えません。
本当にほっとするんですよね。
しかし、電力が復旧したのもつかの間。
東北地方の物流の要である宮城県が甚大な被害を受け、物流が停止。
仕事で使う飼料や物資、燃料供給の見通しが立たない状況になってしまいました。
父は、近隣の同業者と協力して、物資や原料を何とか工面していましたが、ガソリンの供給もなくなるかもしれないという瀬戸際でした。
私も北海道に戻る予定の日が近づいていましたが、貴重なガソリンを消費して空港に行き、自分だけ被害が少ない地域に行くのかと、葛藤した記憶があります。
結局、見通しは立たないけど、あなたは北海道に戻りなさいということを言ってもらい、北海道に戻ってきました。
(その後、2週間ほどで、なんとか物資や原料を確保できる状態に戻ったようです。)
自分の中に深く刻まれた最初の被災体験
この東日本大震災で、私は直接地震の被害を受けたわけではありません。
けがもしなかったし、身近な人が被害に遭ったというわけでもありません。
しかし、二次被害とはいえ、「先の見えない不安」はとてつもないショックとして、私の中に残っています。
津波の映像も、本当にショックを受けた出来事でした。
私の中では、東日本大震災が、「地震とは怖いもの」という意識を持つことになった最初の経験でした。
胆振東部地震|生後1か月半の赤ちゃんと経験した“直接被災”
2018年9月6日。
当時私は長女を出産して1か月半ほどでした。
初めての育児でメンタルも体もボロボロの中、震災への備えも十分にしていない中、震度5強という命の危険を感じる強さの地震を経験します。
建物倒壊が頭をよぎった強い揺れ
当時住んでいた物件が木造3階建てで、私たちは2階部分に住んでいました。
カタカタ…と軽い揺れが起こったなと思ったのもつかの間、あっという間に「揺さぶられている」という感覚になる強い揺れに襲われました。
長女に覆いかぶさって盾になっていましたが、夫と支え合っても体制を保つのが難しいほど。
「これ、上の階が落ちてくる…死ぬ!!」
というものすごい恐怖を感じる揺れでした。
棚のものや食器も落ちて割れ、あちこちから悲鳴が聞こえていました。
ブラックアウトした世界は真っ暗闇
激しい揺れの間、突然ぶつんと電力が途絶え、北海道のほぼ全域が停電する「ブラックアウト」という状態になりました。
揺れがおさまってから、スマホのライトで部屋の状況を確認すると、足の踏み場もないほどものが散乱し、家電も移動していて、揺れの強さをまざまざと感じる惨状でした。
朝になり、外の状態も見えるようになりましたが、信号も何もついておらず、救急車の音やクラクションの音が鳴っていました。
なんとなく「この世の終わり」みたいな雰囲気。
夜も市街地ではありえないくらい星が良く見えて、暗さを実感。
普段意識しませんが、「明かりって安心のために必要なんだな」と感じました。
車での充電ができた奇跡
当時スマホを夜の間に満充電にしておく習慣がなかったため、スマホの充電は私も夫も残り30%という極限。
モバイルバッテリーも持っておらず、コンビニもすっからかんで、途方に暮れていました。
しかし、車を車庫から出すことができれば、充電ができるという状態。
物件の1階部分が車庫になっていて、車庫の中からは手動でシャッターを開けることができました。
この時、私のずぼらが功を奏して(?)車庫の窓の鍵が開いていたので、夫が無理やり中に入り、シャッターを開け、車でスマホの充電をすることができたのです。
車庫の鍵が開いていたことは問題ですが、この時ほど自分のずぼらに感謝したことはありませんでした笑
すべて幸運で乗り切ったブラックアウト
結局2日ほど停電が続きましたが、今思えば、私たちは“偶然の積み重ね”で助かっただけでした。
- 車庫が開いていたからスマホを充電できた
- 買い出し後のタイミングだったから物資もあった
- ミルク用にウォーターサーバーを使っていて備蓄水もあった
- 手で回すタイプのラジオがあり情報収集できた
- 猛暑日でも冬でもなかったから温度調節が不要だった
- 断水、断ガスはしておらずお湯を沸かしたり調理が可能だった
- 長女がミルクと母乳の混合だからなんとかなった
長女はこのころ、母乳寄りのミルクと混合だったので、本当に助かりました。
私は地震の不安からか、母乳が止まってしまったので、母乳オンリーの子だったらと考えるとぞっとします。
終わってみれば無事に済んだ地震でしたが、「赤ちゃんと被災する」という現実を全く想定できていなかったことを痛感しました。
あの日の経験は、今の私の防災意識の土台になっています。
家族の生活も考えた防災の必要性
夫婦二人のうちは、「何とでもなる」と考えていましたが、子どもが生まれてからは「子どもと被災する」という想定が必要になりました。
子どもたちが大きくなり、ある程度大人と同じ想定で良くなった今、我が家では最低限の備えを整えるようにしています。
- カセットボンベで使える暖房
- 2Lペットボトル×6本の備蓄水
- 電気を使わなくても調理できる備蓄食
- 防災リュック×1(車に積んでおく)
- ランタン
- 家電にも使える蓄電器
- トイレットペーパーの備蓄
食材は備蓄しても足りるものではありません。
子どもたちもよく食べるようになり、今ある備蓄品では3日が限界だと思います。
スペースの問題もあり、本当に最低限ですが、それでも「数日どうにかできる蓄え」があるだけで安心感が違います。
子どもが小さいうちは避難経路のシミュレーションを
胆振東部地震の後、私たち家族は震源地に近い地域へ転勤しました。
津波の想定が必要な場所だったため、乳幼児だった子どもたちを連れてどうやって最短で高い場所へ避難するか、何度もシミュレーションしました。
実際におんぶにだっこで走る練習もして、常に「被災したらどう動くか」を意識していたと思います。
幸い、その地域で津波が起こるような地震はありませんでした。
住む場所を選ぶときに「防災」という視点を持つこと。
そして住んだ後は「どんな災害があり、どう逃げるか」を考えておくだけでも、いざという時の判断が変わります。
意識するだけでも変わる防災
東日本大震災と北海道胆振東部地震は、私が震災を自分のこととして捉えるきっかけになりました。
毎年それぞれの日が近づくと、今生きていることに感謝する気持ちが湧いてきます。
日本は災害大国。
これからも、親として適切な判断を迫られる場面があるかもしれません。
その時に子どもたちを守れるよう、気持ちだけでも備えておきたいと思います。
正解のない防災ですが、家族の生活環境や住んでいる地域から、“わが家に合った備え”を一度考えてみるだけでも、きっと心の余裕につながるはずです。
おまけ|緊急地震速報は便利だけどびっくりする
最近精度を増している緊急地震速報。
地震が来る前に地震を告知してくれるので、本当にありがたいシステムです。
しかし、夜寝ているときにあの速報がなると、びっくりして飛び起きる我が家笑
最近は眠りが深くなった子どもたちも、突然の音に驚いて泣いてしまったりするので、びっくりしないで落ち着くよう指導してあげないといけないなと思っています笑
便利だし、これからもアップデートしていってほしいシステムなんですが、もう少しびっくりしないタイプになるといいな…と思っています笑


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