ディズニー映画は、子どもから大人まで楽しめる作品が本当に多いですよね。
私自身、小さいころからディズニーアニメが大好きで、大人になった今は“子どもと一緒に観るとまた違う発見がある”という部分を楽しんで見ています。
今回は、ディズニー最古の長編アニメーション映画『白雪姫』(1937)と、2025年に公開された実写版『白雪姫』を、映画オタクの私視点で深掘りしていきます。
実写版は賛否が大きく分かれましたが、アニメ版と見比べると見えてくるものがたくさんあるんです。
「このオタクはどう見たのか?」
気になる方は、ぜひゆっくり読んでいってください♪
ディズニーの歴史が動いた1937年『白雪姫』

実はディズニーの長編アニメ映画第一作目は『白雪姫』なんです。
1937年に、世界初のカラー長編アニメーション映画として公開されました。
当時は「アニメで長編なんて、子どもしか観ない」「途中で飽きられてしまう」と言われていたそうですが、『白雪姫』はその不安を吹き飛ばし、大ヒットを記録します。
制作に費やした年月は、何と4年。
ウォルト・ディズニーの魂が込められた作品と言えますね。
原作はグリム童話の『白雪姫』。
原作にある残酷な描写はかなりマイルドにされていますが、それでもディズニー作品の中では“怖さ”や“不気味さ”がしっかり残っている一本です。
キラキラしたおとぎ話というより、「ちょっと怖いけど目が離せないお姫様映画」という印象に近いかもしれません。
【あらすじ】
美しい王女白雪姫は、冷酷で高慢な継母である王妃に殺されそうになり、森に迷い込む。そこで出会った森の動物たちや、7人の小人たちに助けられ、一緒に暮らすことに。白雪姫の美しさが妬ましい王妃は、老婆の姿に化けて、白雪姫を殺すため魔法の毒リンゴを作る。
子どものころは「怖いお話」として、大人になってからは「嫉妬と美しさの物語」として、同じストーリーでも見え方が変わってくる作品だなと感じます。
自分が母親になってから見ると、白雪姫がとにかく不憫笑
挿入歌がキャッチ―で現代でも大人気楽曲
ディズニーアニメといえば、挿入歌やサウンドも大きな魅力ですが、『白雪姫』にも耳に残る楽曲がたくさん使われています。
『いつか王子様が(Someday My Prince Will Come)』や『ハイ・ホー(Heigh-Ho)』は、ディズニー映画をあまり観ない人でも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
幼稚園など子ども向けの教育機関では、『ハイ・ホー』が合奏の定番曲になっていたりもしますよね。
当時のアニメとしては驚愕の細かさ
私は、白雪姫が森の動物たちや小人たちと少しずつ打ち解けていくシーンが大好きでした。
動物たちの表情が本当に豊かで、人間の言葉を交わしているわけではないのに、白雪姫と心を通わせているのが伝わってくる。
まるで本当に動物たちが”喋っている”ように感じるほどの表現力なんです。
1937年当時、ここまで繊細な動きや感情表現をアニメーションで描くのは、ほぼ前例がありませんでした。
ディズニーは実写の俳優の動きを撮影して、それを参考にアニメーションを描く「ロトスコープ」という技法を使っていて、これがキャラクターの自然な動きにつながっています。
さらに背景美術も異常なほど描き込まれていて、森の奥行きや光の表現は、今観ても“古さ”を感じさせません。
一方で、うちの子どもたちは、女王が「鏡よ鏡、この世で一番美しいのはだあれ?」と問いかける場面や、老婆に変身して毒リンゴを差し出すシーンが本気で怖いらしく、あまり観たがりません 笑
子ども向けとして作られているのに、“怖いシーンはちゃんと怖い”というところに、当時のディズニーの攻めた姿勢を感じます。
「子ども向けだから優しくする」ではなく、「物語として必要な怖さは残す」という判断が、作品の強さにつながっているようにも感じます。
これまでの白雪姫の概念を覆す実写版『白雪姫』
アニメ版の『白雪姫』は、今観ても驚くほど完成度が高い作品でしたが、2025年に公開された実写版は“まったく別のアプローチ”で物語を描いています。
賛否が大きく分かれた作品でもありますが、映画オタクとしては「どこが変わったのか」「なぜそう変えたのか」を見ると、実写版の意図が見えてくると思います。
実写版『白雪姫』はミュージカル色が強い
実写版『白雪姫』は、『ラ・ラ・ランド』『グレイテスト・ショーマン』の作曲家であるパセク&ポールが楽曲を手掛け、ミュージカル映画として再構築されています。
ミュージカル化そのものはディズニーの得意分野なので、そこだけなら大きな議論にはならなかったはずです。
しかし問題は、近年のディズニーが重視している“ポリティカル・コレクトネス(ポリコレ)”を、原作の大前提を揺るがす形で盛り込んでしまった点だと感じています。
近年のディズニーはポリコレを意識しすぎている
ポリコレとは?
ポリコレとは、ポリティカル・コレクトネスの略語で、特定の人種・性別・宗教・性的指向などに基づく差別や偏見を避け、社会的に中立で配慮された表現を目指す考え方のことです。
ディズニーが”配慮しすぎている”と言われる理由
近年のディズニーは、このポリコレを意識しすぎるあまり、逆に不自然さを生んでしまっていると批判されることがあります。
たとえば、白人として描かれてきたキャラクターを黒人俳優に変更したり、ポリコレをテーマにしていない作品にまで強引に現代的価値観を押し込んでしまったり──。
その結果、作品の世界観や原作の前提が崩れてしまうケースも見られます。
『白雪姫』で起きた”前提の改変”
今作も例外ではなく、「雪のように白い肌だから“白雪姫”」という物語の大前提が改変されています。
白雪姫役のレイチェル・ゼグラーは「雪のように白い肌」ではありません。
(※これは人種差別を目的とした指摘ではなく、1937年版の設定との比較です。)
ちなみに、原作のグリム童話でも「雪のように白い肌」は言及されていて、それが白雪姫の名前の由来になっています。
そうであるならば、やはりポリコレと関係なく、「肌が白い」ということは、白雪姫のキャラクターとしての大前提だと思うのです。
昔のディズニーはバチバチのルッキズム・差別映画だった
昔のディズニーアニメは、ポリコレ以前に、“ルッキズム・差別全開”の作品が多いんですよ…笑
女性は容姿が美しく、けなげで、王子と結婚することで幸せになる。
王子はかっこよく、完璧な殿方。
『白雪姫』でも、美しい白雪姫に一目ぼれした王子が、眠る彼女にキスをして目覚めさせ、二人は結婚する──
という筋書きです。
現代の感覚で見ると「見ず知らずの男にキスされて、目覚めたら結婚してるって何!?」とツッコミどころ満載の展開ですよね。
昔の価値観を“現代の物差し”で測ることの難しさ
ただ、こうした価値観のズレは「昔の童話をもとにした作品」という前提で見れば許容されるものだと思っています。
当時はそれが“夢物語”として成立していたし、観客もその価値観を自然に受け入れていたからです。
だからこそ、現代の視点で見直すと新しい発見がある──
それが古典作品の面白さでもあります。
実写版『白雪姫』が賛否を呼んだ最大の理由は、“1937年の価値観で作られた作品を、無理やり現代の価値観に当てはめてしまった”ことだと思います。
しかもそれを「1937年版のリメイク」として発表したため、原作ファンほど違和感を覚えやすい構造になってしまった。
もしここまでポリコレを重視するのであれば、実写ではなくフルCGで“現代の白雪姫”を再構築した方が、作品として自然だったのではないかと感じています。
実は差別に加担する結果にも
ディズニーの“過剰なポリコレ”の結果、批判の矢面に立たされるのはいつも主演俳優です。
実写版『白雪姫』のレイチェル・ゼグラーは「こんなのは白雪姫ではない」と激しいバッシングを受けましたし、実写版『リトル・マーメイド』のハリー・ベイリーも同じようにヘイトの対象になってしまいました。
本来であれば、批判されるべきは“制作側の判断”であって、俳優個人ではありません。
しかし、ポリコレの議論が過熱するあまり、矛先が俳優に向かってしまう。
これは、ポリコレを意識しすぎた結果として、むしろ差別を助長してしまうという皮肉な状況です。
昔の価値観を、現代の物差しで評価するのは確かに難しいことです。
しかし私は、そこにこそ“リメイクの価値”があると思っています。
古い作品を現代の視点で見直すことで、当時の価値観や文化が浮き彫りになり、作品そのものの理解が深まるからです。
だからこそ、実写版『白雪姫』のように、1937年版の価値観を無理やり現代の価値観に当てはめてしまうと、作品の核がぼやけてしまう。
ディズニーのリメイク作品は、これからも賛否を呼ぶと思いますが、今回の『白雪姫』は、残念ながら“作品の意図”よりも“ポリコレ議論”が前面に出てしまい、本来の魅力が伝わりにくい形になってしまったと言わざるを得ません。
ミュージカル映画としての”新しい”『白雪姫』
賛否を巻き起こした作品とはいえ、クリエイターたちの魂がこもっていることに変わりはありません。
私は、その努力や情熱を一概に否定したくありません。
どんな作品であっても、制作スタッフやキャストが全力で作り上げた“結晶”であることは確かだからです。
そのうえで、映画オタクとしての私の結論は、「リメイク作品としては問題があるけれど、ミュージカル映画になった”新しい”白雪姫として見ると面白い」 というものです。
ポリコレ議論を度外視してミュージカル映画として見ると、「あの白雪姫が、こんなに華やかなミュージカル映画になるのか」と普通に楽しめますし、音楽や演出の新しさも、現代の映像技術ならではの美しさや迫力があります。
そして1937年の『白雪姫』は、ディズニーの歴史が始まった一本。
この“原点”と“ミュージカル版”を見比べることで、作品の価値観や表現の変化がより鮮明に見えてきます。
ぜひ、アニメ版と実写版の両方を観て、あなた自身の解釈を楽しんでみてください。
そして、感じたことがあれば、ぜひシェアしていただけたら嬉しいです。
おまけ|英語学習としてのディズニーアニメ
私は映画に関しては、アニメでも基本的に“オリジナル言語で観る派”です。
特に昔のディズニーアニメは童話がもとになっている作品が多く、子どものころから何度も観ているので、ストーリーを覚えている分、字幕なしでも楽しめます。
そのおかげで、最近はディズニー作品を“耳から聴く英語学習”として使うこともあります 笑
語学学習は、やっぱり生の言語に触れるのが一番の近道だと思うので、家事をしながら流しておくだけでも、英語のリズムや発音に慣れていく感覚があります。
いつか自然に英語が話せるようになったらいいなと思いながら、今日もディズニーを“ながら聞き”しているのでした。
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